japon [Enfants de Tchernobyl Belarus]
 




 English version  日本語   "Tchernobyl forever"
sur le site d'Ulule
  Somme engagée :
sur 27 500 €

;#;Origine et but de l'opération Tchernobyl forever

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2012年1月、写真家のアラン=ジル・バスチードは、旅行記『永遠のチェルノブイリ/ Tchernobyl Forever』を書き終えました。けれども、<被ばく人形>の写真に対して感じたのと同じ気持ちを、今回も味わったのです:この旅行記は、自分のモノではない…。

そこでアラン=ジルは、他の人々も手を入れられる、参加型の作品に仕上げようと思いついたのです。それがDVD+本という形での『永遠のチェルノブイリ/ Tchernobyl Forever 』プロジェクトです。このプロジェクトは、チェルノブイリ事故のせいで被ばくを強いられた子どもたちを助けるための人道的キャンペーンとなったのです。チェルノブイリの子どもたちは、権力機関からもマスコミから、助けも受けられずに見捨てられています。あたかもチェルノブイリは終わったのだというかのように。そこで、アラン=ジルは「チェルノブイリ / ベラルーシの子ども協会」に彼のアイディアを紹介し、協会の助けを受けてこのプロジェクトは始動しました。準備ができあがったこの企画をゴールに導かなければなりません。成功するかどうかは、みなさんの手にかかっているのです。

Opération Spéciale : Tchernobyl forever

[Prypiat 2005]       この写真は、2005年にプリピャチ市の幼稚園の庭で撮影されたものです。私がチェルノブイリ旅行の準備をしていたとき、十年前にプリピャチを訪れた経験のある知人が、当時このお人形が転がっているのを見つけて衝撃を受けたことを話してくれたのです。現地を訪れた私は、すぐに見つけることができました。かたわらには、人形にかぶさるように木が一本生えていました。私をガイドしてくれた人さえ、このお人形の存在は知りませんでした。

     残念ながら、私の写真が公表され、“世界中”に知られるようになってから、心ない観光客がもっと写真を撮りやすいようにと、自然が定めた慰霊の地から、お人形を動かしてしまったことを知りました。悲しいことです。

     チェルノブイリから帰国すると、私の写真を買いたいという声があがりました。私は驚き、何かしっくりこない気持ちを覚えました。「これは売り物ではないんだ。」私は、そう答えました。「これは僕のモノではない気がするから」と。私は写真をフランスの市民測定所クリラッドに贈呈しました。ベラルーシにバンダジェフスキーの研究所を設立する資金を募る目的のためです。またロール・ヌアラは、彼女のブログ “Terre sur Libé” に、最近までこの写真を使っていました。私の写真展 Tchernobyl Forever にも、この写真を、二十点あまりのほかの作品とともに出品しました。そしてやがてこの作品は、あちこちに紹介されるようになったのです。ローラ・ヌアラが言うように、この人形が、「恐ろしいくらい美しい」からかもしれません。

          アラン=ジル・バスチード


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;#;CHERNOBYL - BELRAD - ENFANTS DE TCHERNOBYL BELARUS

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     チェルノブイリ原発事故から二十八年がたった今もなお、人々は、この惨事がもたらしたとてつもない結果とその意味を、総合的かつ明確に見ることができずにいます。「Tchernobyl forever 永遠のチェルノブイリ・プロジェクト」は、様々なアーティスト、科学者、デザイナー、作家の協力のもとに、DVD+本を発行するという企画ですが、私はこの作品を大きく二部に総括しようと考えました。

     第一部(第一~三章)では、現状を紹介し、事故を俯瞰します:食物連鎖の放射能汚染状況や、汚染地域に住む人々の内部被ばくの状態を数値で提示します。子どもたちの健康状態は、年を追うごとに悲惨さを増していく一方なのです。そして、事故を大きく俯瞰するためには、1945年8月9日の原爆投下後、名高い“黒い雨”に襲われた長崎に迫る、チェルノブイリ閉鎖区域で測定された放射性降下物の規模について詳述します。

     第二部(第四~五章)では、ある独立の立場の組織の歴史を紹介します。チェルノブイリのフォールアウトによって引き起こされる内部被ばくの影響をもっとも受けやすい子どもたちに対して、放射能防護措置を実施することを目的として、ベラルーシ、ミンスク市に設立されたベルラド放射線防護研究所です。その歴史は、創設者である原子力物理学者ヴァシリー・ネステレンコという傑出した人物と切っても切れないものです。研究所はまた、2001年4月27日以来、フランスの「チェルノブイリ/ ベラルーシの子ども協会」と歩みをともにしてきました。私は、2010年以来、当協会の会長をつとめる栄誉に浴しています。「チェルノブイリ/ ベラルーシの子ども協会」は、ベルラド放射線防護研究所の経済支援を目的としいます。その助けなしには、研究所は生き延びることができなかったでしょう。

     「チェルノブイリ / ベラルーシの子ども協会」は、光栄にも、Tchernobyl forever / 永遠のチェルノブイリ・プロジェクトを、「フォトグラフィスム協会」とともに進めるパートナーに選ばれました。この選択に感謝をしております。

     Yves Lenoir, イヴ・ルノワール、チェルノブイリ/ ベラルーシの子ども協会会長

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